人生山あり谷ありといいます。
私の場合、過去に倒産という辛い体験のおかげで今日があると実感しています。
昭和45年、私は急死した父親の後をついで32才で、家業のタイル製造業の経営に携わりました当時から苦しい経営状況だったにもかかわらず、さらに無理をして土地を買い新工場を作ろうとしていた矢先のことでありました。工場はなんとか完成したものの、公害上の問題でやむなく工場を閉鎖せざるを得なくなり、資金繰りはさらに悪化し、結局会社は倒産してしまいました。
債権者に一生働かされるのではないかという恐れから、私は妻と子供三人を残して東京へ夜逃げしました。その後十回以上職を転々と替えましたが、どれも自分の肌にあいませんでした。健康のほうも血圧が上がり、体調は最悪の状況でしたが、債権者に居場所を突き止められるのが怖く、住民票の移転をしていないために健康保険がつくれませんでした。医者へ行くと食費がなくなるので、具合の悪い日はアパートでじっと寝てすごさなければなりませんでした。
定職のない私は、26,000円の家賃さえ滞納するありさまで、困りに困ってカ゜ードマンの仕事を始めました。
ある雨の日のことです。ずぶ濡れで仕事をしている私に、声をかける人がいます。振り返ると、息子が立っていました。
息子は私が家族を捨てたと思い込み、不登校に陥っていました。鬱積を抱えて上京して来たのですが,私の姿を見て憎しみは消え、こう言ってくれたのです。「俺、お父さんと一緒に仕事するよ」・・・
あぁ・・・生きていてよかった!私は、孤独ではない!もう一度人生をゆり直そう!・・・・
息子の一言によって、私は立ち直ることができたのです。
あれから13年。息子と始めた警備会社は社員数63人にまで成長しました。
夜逃げと同時に妻からは一方的に離縁されていましたが、妻とは平成七年に復縁することができました。
この不況で、多くのサラリーマンが不安な日々をおくっています。悩みが高じて自殺に至る人もいます。しかし、その気になれば何をしてでも生きていけます。仕事なんて何回替わってもいいと思うのです。
大切なのは、どんな逆境でも決して諦めず、置かれた立場で一所懸命に努力することです。
外部環境の厳しさは依然として続いていますが、事業の発展を通じてお客様、社員、家族の幸せを実現し、きれいな晩節を全うしたい!・・・それが私の願いです。
私の願い